【鉄琴線】鉄路の情景OneShot!

今日も何処かで。ガッタン、ゴットン・・

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初雁飛ぶ頃(くりはら田園鉄道)


大概にして狙った絵が撮れることはほぼない。思い描くイメージに近づけるために、季節や天候、そして時間を選び僅かなタイミングに賭ける。鉄道写真は自然の賜物なのだ。夕焼けに腕木信号。これで雁が飛んでくれれば。チャンスを祈りながら撮れなかった鉄道情景。そして最後の秋は過ぎていった。
2005年10月 くりはら田園鉄道 沢辺駅

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初雁飛ぶ頃(くりはら田園鉄道)


台所事情が厳しくとも、ほんわかした雰囲気が好きだった。沢辺駅にはよく立ち寄って写真を撮らせてもらった。地元に根付いた鉄道。職員の方々も皆そうだった。廃止が決まると、しだいに、ひとり、またひとりと仲間が減っていくのが寂しいと。人が減っちゃったんで、前みたいなイベントが出来なくなってごめんね。でも、みんな自分の暮らしがあるから仕方がないね。廃止を受け入れはしても残念そうだった。電鉄時代からの駅も数年前に取壊されてしまったが、ほんのりとしたぬくもりは心に残っている。
2005年10月 くりはら田園鉄道 沢辺駅

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初雁飛ぶ頃(くりはら田園鉄道)


宮城の穀倉地を走っていたくりはら田園鉄道。廃止は随分と昔のような気がするが、まだ5年の月日が過ぎただけだ。細倉鉱山の閉山から紆余曲折を経て、三セク鉄道になった経緯が独特の雰囲気を醸していた。岩泉線に出向いていた頃、腕木信号が残る雰囲気が好きで、よく立寄った鉄道でした。この頃は岩泉線優先の日程。今になってもう少し撮り込んでいれば…。と、後悔が残っています。
2005年10月 くりはら田園鉄道 沢辺

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秋の帳


秋から冬に。再び鉄道を題材に写真を撮りだして10年の歳月が過ぎました。地元の世田谷線旧型車輌引退がきっかけでしたが、鉄道情景を探す旅を始めたのは岩泉線でした。ちょうど10年前の秋、押角峠から眺めた錦秋の光景は今でも心に焼き付いています。あれから様々なことがありました。列車の来ない線路。流された軌道。何度も通った街もありません。見ることも撮り直すことも出来ません。総ては一期一会。あの出来事で真の意味を知る。今できる事は想いを乗せ進むこと。
2005年10月 岩泉線中里駅

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秋と冬の間に(奥羽線)


ローカル運用の701系電車が駆け抜ける。ススキの穂が風に乗って飛んでいった。すっかり東北の電車が板に付いた701系。ED75の客レが定番だった東北ローカルのイメージは微塵もない。そんな昔を知る由もない高校生には、故郷の電車はコレでしかない。普通の電車に何処にでもある秋の光景。今が写っている。
2012年10月 奥羽本線 早口

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